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 誇り高きの山岳少数民族タイヤル


  
中華民国                                                                                
     

   
        左から日本名坂本春子さん・柴山夏子さん。2008/01/06          (台北で撮影したタイヤルの少年〉 

   

 
             (かつての山岳民族 

 

   
    同じく坂本春子さん・柴山夏子さん〉 

   
 
    〈事件後、マヘボ社を警備する日本軍兵士〉

 
       帰路で利用した乗り合いタクシー〉  

現代の霧社に戻ろう。モーナ・ルダオの像などを見た後、私は「日本人小学校」跡を目指して脇道に入った。すると70歳前後のご婦人と、一緒になった。持参した関係写真を差し出し、私は尋ねてみた。

「この中に知っている方は、いますか?」
「いないですが・・・」という彼女の返答は途中から、流暢な日本語に変わった。
「私の名前は、坂本春子といいます。中国名は、ホワンシュンチン(黄順清)です。私は高砂たかさご族です」
「この霧社には、今も高砂の人々は多いのですか?」
「平地人ばかりで、私達ユエンツーミン(原住民)は少ないよ。2パーセントくらい」

かつては日本人・平地人・山地人の区別があったが、現在山地少数民族の正式名称は「台湾原住民」とされ、930数万人が認定されている。霧社事件の中心となった「タイヤル」族もいくつかに分かれ、かつて「霧社」に住み「霧社蕃」と呼ばれたタイヤルは「セイダッカ」と自称していた。また戦前の台湾の人口450万人のうちわけも、本省人(台湾人)は400万人、高砂族と名付けられる生蕃人(先住少数民族)は14万人、内地人(日本人)22万人ほどである。

事件後、彼ら山地民族は「高砂族」と名付けられ、生き抜かねばならない「民族の悲哀」の中で天皇と国家に対する忠誠を示した者は「高砂義勇隊」に自ら志願したことは有名である。

「事件のことは、どのように聞いていますか?」私は、春子さんに尋ねた。
「簡単には、言えません」その通りである。私と一緒に歩いていた坂本さんは、前方に見えた同年代のご婦人に声をかけた。
「ナッちゃん!ナッちゃん!」紛れもなく、日本語である。
「あの人は夏子さん。今も日本語で呼ぶの。日本人、連れてきたよ!」 「初めまして」
「私の名前は、柴山夏子です。中国名では、ヤンカオチュンサァイ(楊高春菜)といいます。ハルちゃんとは一つ違いです」
 戦後60年以上を経た現在でも、こうした日本語を交えた日常生活に私は驚かされた。

「みなさんの、民族名と出身部落を教えてくれますか」
「私はタイヤル(族)、ハルちゃんはセイダッカ(族)よ。私の部落はマストバン(マシトパオン社)、山の中に住んでたの。今は車で行けるけど、歩いて8時間かかったよ。マレッパなんてもっと遠いよ」

「坂本さんは?」
「私は、ドロードフ社です」
 ドロードフとは、「霧社事件」参加した6部落(マヘボ ホーゴ ボアルン タロワン スーク ロードフ)の「ロードフ」を指すことになる。まさに渦中の部落である。        

事件から78年、日本の植民地支配終結から62年を経ても、脈々と続く「民族の血」と「皇民化教育」。歴史というものは、本当に凄い

第二次大戦後中国国民党は、「霧社事件」を日本の圧政に対する英雄的な抵抗運動として高く評価した。同時に蜂起の指導者たちは「抗日英雄」となり、霧社にあった日本人の殉難記念碑は破壊もされた。

1990年代、民主化の過程で原住民文化への再評価が進み、霧社事件も「原住民族のアイデンティティー」を賭けた戦いとして位置づけられるようになっていく。

この日は見事な快晴で、西の方角には「能高山 3252㍍」であろう見事な峰が聳えている。眼下には、人造湖「碧湖」が青い湖面を見せていた。素晴らしい景色である。「霧社」に対して、これまで霧に包まれた魑魅魍魎としたイメージを私は持っていた。この美しさの中に、「霧社事件」は確かに存在したのである。

 モーナルタオは、事件以前に視察団の一員として来日している。自らの目で当時の日本の国力を見て、例え立ち上がったとしても勝算がないことを知っていた。「死」を前提とした蜂起は悲しい。

 坂本さんに、迎えの車がやってきた。
「私は、これで失礼します」坂本さんの流暢な日本語は、変わらない。
「坂本さん。握手して下さい」握手した彼女の手には、誇り高きタイヤルセイダッカの血が流れている。

                         

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